履正社高校野球部の岡田龍生監督がスゴい人だった!!

今回は2016年夏の甲子園出場を決めた大阪の履正社高校野球部を率いる岡田龍生監督について、

出身高校での活躍出身大学履正社高校をここまで強くした歴史など調べてみました♪


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【目次】
履正社高校岡田監督のプロフィールと経歴!!
当初はヒドかった!?履正社野球部を変えた岡田監督
岡田監督のひと味違う教育方針とは!?




まずは岡田監督のプロフィールです。

岡田龍生(おかだ・たつお)

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(http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/249887/attachment/%E5%B1%A5%E6%AD%A3%E7%A4%BE%E3%81%AE%E5%B2%A1%E7%94%B0%E9%BE%8D%E7%94%9F%E7%9B%A3%E7%9D%A3/)

生年月日:1961年5月18日
出身:大阪府


出身高校は東洋大姫路高で、大学は日本体育大学です。

大学を卒業してからは社会人野球でプレーし、その後は桜宮高校のコーチを2年、1987年から履正社の監督に就任しています。

1987年からと考えると、既に30年近く履正社の監督をしているのですね > <

岡田監督は中学時代にはバレーボールに打ち込んでいて、意外にも野球を始めたのは高校生になってからなのだそうです。

ハイレベルな高校でバレーボールをするには身長が足りなかったということでバレーボールを諦めた岡田監督が高校時代に打ち込んだのが野球でした。

バレボールで培った根性で1番・三塁手のポジションを獲得した岡田監督は当時「脅威の三塁手」と呼ばれていました > <

1979年春にはキャプテンとして選抜に出場して準決勝まで進みました。




岡田監督が就任した当初の履正社野球部は、今の活躍からは想像できないくらいひどかったようです。

それまで半年間監督は不在で、部員数が少なく他の部と兼任している部員が3人もいる状態でした。

グラウンドも他の部活と共用で使用していて、グラウンド全面を使えたのは週に2回しかなかったそうです…!

そんな状況で「守備・走塁・バント」を重視した練習を続けた結果、8年後の1997年には「バントの履正社」と呼ばれ、バントと走塁を駆使して勝ち上がり夏の甲子園初出場をつかみました!!


2003年頃には専用のグラウンドを持ちバッティングも強化して、履正社強豪校として名を連ねるようになっていきましたが、岡田監督がいなければ履正社がこんなに強くなることはなかったのですね > <

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岡田監督は学生時代はやらされる練習しかしてこなかった為、その後苦労したそうです。

そんな経験から、練習量が多いなら、自分で考えて必要ならばやればいいなど、選手には自分で考えて必要な練習をさせて強制しなかったそうです。

現在プロ野球で活躍している山田哲人選手など卒業生が帰ってくる時に「自分で考えた練習は役立っている」と言われることがあるのだそうです。

素晴らしい教育方針ですね^^



今回は監督を就任して以来履正社高校野球部を30年近く支えていている岡田監督についてまとめてみました!

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